カナダはバリアフリー先進国として知られている。 カナダ政府の取り組み 1970年、カナダ連邦政府運輸省は、モントリオールに交通開発事業団(Transportation Development Association)を設立し、障害をもった人の交通アクセスをより可能にする研究を開始した。これが、カナダにおけるアクセシブル交通の歴史の始まりである。その後TDAはTransportation Development Center(TDC)に改称。1976年には、カナダ人権法が、障害を差別の根拠にしてはならないとし、80年代には、基本的人権法に基づいて、カナダの連邦政府レベルで、交通のアクセシブル化を推進する動きが大きく進展した。 州の取り組み 連邦政府の流れを受けて、すべての州と準州で障害者の差別を禁じた人権法が制定された。なかでもブリティッシュ・コロンビア、オンタリオ、アルバータの3州では、障害者の交通のアクセシブル化に力が入れられている。
それでは、カナダのなかで最もアクセシブル化が進む3州のうち、ブリティッシュ・コロンビア州のバンクーバーを例にとって、さらに細かくアクセシブル状況を見てみよう。 バンクーバーの公共交通システム ブリティッシュ・コロンビア州最大の町であるバンクーバーの都市圏では、トランスリンクという会社が市の公共交通機関であるスカイトレイン、シーバス(フェリー)、バスを運営している。運賃体系は、スカイトレイン、シーバス、バスともに統一されており、90分以内であれば他のモードに別料金を払わずに乗り換えることができる。 スカイトレイン
長距離無人運転、高速運行をコンピュータ管理により実現し、全長約28キロを39分で運行する電車で、一駅を除くすべての駅にエレベーターが設置され、車いすでホームに上がることができる。駅の多くが、正面と後ろの両方にドアがあるエレベーターを備えており、車いすを内部で方向転換しなくても、直進のままプラットホームや通路に出られるようになっている。
エレベーターが設置されていない駅と隣の駅の間には、無料のシャトル・タクシー・サービスがあり、電話で頼めば、車いすごと乗れるタイプのタクシーが来てくれる。
シーバス 400人乗りの旅客専用の高速フェリーで、バンクーバーのダウンタウン中心部にあるウォーターフロント駅と、ダウンタウンに沿って流れる入り江の対岸にある北バンクーバー市のロンズデール・キー駅まで、15分から30分間隔で運航されている。
バス 車いす用リフト付きバスと、ロー・フロアバスがカナダで始めて導入されたバンクーバーだが、現在、"Kneeling"(ニーリング)という表示がついたアクセシブル・バスが増えている。ニーリングとは「ひざまずく」という意味で、床面と地上との段差を小さくして乗降を容易にするために、エア・サスペンションを調節して車高を低くすることのできるバスだ。もともとフロアが低く作られているバスだが、これでさらに車体を低くすることができるようになっている。 また、車いすの乗降用に、Ramp(ランプ)と呼ばれる傾斜板が出てくる機能も備えている。これは、入り口の床に縦横一メートル前後のボードが仕組まれ、そのボードが作動して道路との段差をつなぐ傾斜板(ランプ)となるものだ。ランプから乗車した後で、前方にある車いす専用のスペースに、運転手が車いすをベルトで固定する。
ハンディー・ダート バンクーバーには、市営バスのほかに、ハンディ・ダートと呼ばれるリフト付きのミニ・バンを使った障害者のためのバス・システムがある。ハンディ・ダートは、トランスリンクと提携している民間会社が運営し、利用者のオーダーによって運行する乗り合いバスで、障害者や高齢者を自宅から目的地までドア・ツウー・ドアで運んでくれる。
町全体のアクセシビリティー バンクーバーは、公共交通システムだけにとどまらず、あらゆる場所へ車いすでアクセスできるようになっている。歩道が、店の看板や不法駐輪で道がふさがれていることはなく、車いすで通れるだけの広さが設けられている。交差点には歩道と車道の段差はなく、車いす利用者だけでなく、ベビーカーや高齢者にもやさしい環境だ。前述した、車いす利用者用のドアが設置されているビルのほか、車いすで利用できるトイレもいたるところに見られる。年齢、性別、肉体能力などの枠を超えて、あらゆる人にとって動きやすい空間が作られている。 日本政府の方針 1983年に運輸省(現国土交通省)は「公共交通ターミナルにおける身体障害者用施設整備ガイドライン」を策定した。カナダに遅れること13年、これが日本のバリアフリー社会への一歩である。その後、公共交通施設、公共交通車両等におけるバリアフリー対策は、90年代に積極的に取り組まれた。1991年には「鉄道駅におけるエスカレーターの設備指針」、1993年に「鉄道駅におけるエレベーターの設備指針」、そして1994年には高齢化が進むなか「公共交通ターミナルにおける高齢者・障害者等のための施設整備ガイドライン」が策定され、鉄道駅のほか初めてバス・ターミナル、航空ターミナル、旅客船ターミナルに対するバリアフリー化も行われるようになった。 2000年には、高齢者、身体障害者等の公共交通機関を利用した移動の円滑化の促進に関する法律である、交通バリアフリー法が施行された。市町村が、特定の駅やその周辺の地区を重点的に整備する地区として指定し、移動の円滑化のための事業に関する基礎的事項をまとめた「基本構想」を定め、公共交通事業者、道路管理者、公安委員会はそれに沿って、それぞれの事業を計画・実施することになった。交通バリアフリー法の基本方針として国土交通省は、2010年までに、1日当たりの平均的な利用者数が5000人以上の全ての旅客施設を、原則としてバリアフリー化する目標を掲げている。 それを受けて、利用者の多い駅ではエレベーターやエスカレーターの設置が始まった。駅だけではなく、その周辺や街中を車いすや高齢者が移動できるように段差を取り除いたり、スロープをつけたり、ノンステップ・バス、コミュニティー・バスを走らせるなど、それぞれの自治体がバリアフリー化に努力を注いでいる。 国土交通省は、1日当たりの平均的な利用者数5000人以上の鉄道駅を中心として、2002年より3667駅のバリアフリー化の状況を一覧化している。その資料によると、3667駅の42%に当たる1556駅で車いす利用者が介助なしで利用可能となっている。また、高齢者、身体障害者等が公共交通機関を円滑に利用できるようにするため、駅構内のバリアフリー施設、乗り換え案内等のバリアフリー情報を統一的に提供するためのシステム(らくらくおでかけネット)を構築し、2002年よりインターネットを通じ情報の提供を行っている。 らくらくおでかけネットに掲載されているデータ例
このように、日本でもバリアフリー化は進んでいる。しかし、日本でもカナダでも、バリアフリー化は設備や技術などハード面の革新だけでは完成しない。バスの運転手や駅員を始め、国民すべてが心のバリアフリーを推進するソフト面が不可欠だ。例えば、バスや電車で高齢者に席を譲るのはごく当たり前のことである。また、カナダのように、アクセシブル・バスを備えていても、車いす利用者が乗る時は、運転手が車いすをベルトで固定するまで、他の乗客は待たなければならない。こうした場面に遭遇した際に、周囲の人たちが寛容な態度を保てないのでは、バリアフリー社会は実現しないのだ。一人ひとりがバリアフリーに関心をもち、人権の尊重と合わせてバリアフリー志向を受け入れることが、バリアフリー社会を築く条件なのだ。
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