特集−一面記事
  バリアフリーのハードとソフト  

カナダはバリアフリー先進国として知られている。
車いすでも街中の移動が自由で、一般道路を始め、交通機関、職場、ショッピングモール、映画館などあらゆる場所で、電動式の車いすに乗って動き回る利用者を見かける。
カナダでは、障害者や高齢者の障害を取り除くシステムをバリアフリーとは呼ばず、アクセシビリティ(Accessible利用しやすい、便利な)と呼んでいる。街のあらゆるところにAccessibleという文字や、車いすのマークが見られ、駐車場には車いす利用者専用のスペースが設けられている。建物の入口に段差はなく、車いすのマークがついたボタンを押すとドアが自動的にゆっくり開く建物も多い。このように、車いすの利用がごくふつうの光景となったカナダのアクセシビリティは、どのようにして生まれたのだろうか。

カナダ政府の取り組み

1970年、カナダ連邦政府運輸省は、モントリオールに交通開発事業団(Transportation Development Association)を設立し、障害をもった人の交通アクセスをより可能にする研究を開始した。これが、カナダにおけるアクセシブル交通の歴史の始まりである。その後TDAはTransportation Development Center(TDC)に改称。1976年には、カナダ人権法が、障害を差別の根拠にしてはならないとし、80年代には、基本的人権法に基づいて、カナダの連邦政府レベルで、交通のアクセシブル化を推進する動きが大きく進展した。

州の取り組み

連邦政府の流れを受けて、すべての州と準州で障害者の差別を禁じた人権法が制定された。なかでもブリティッシュ・コロンビア、オンタリオ、アルバータの3州では、障害者の交通のアクセシブル化に力が入れられている。
ブリティッシュ・コロンビア州の公共交通機関を運営するBCトランジットでは、1989年に「完全なアクセシブル化」の考えを示し、カナダの都市で最も早く、1990年9月に、バンクーバー地域で、86台のリフト付きバスを22の路線に導入した。その後も1995年には302台のリフトバス、1997年には162台のロー・フロアバス(低床車)を導入し、現在アクセシブル化されていない車両についても、2007年までにロー・フロア車に入れ替えることになっている。
オンタリオ州政府は、全車をロー・フロアバスに切り替えるための補助を行うほか、ターミナルの整備に関する補助や、アクセシブル・タクシーの車両購入に対する補助を実施している。
アルバータ州では、1989年に、「2000年までに交通ニーズに対応するバリアフリー交通システム」を達成するアクションプランを発表して実施している。また、車いす利用者や高齢者等を対象に、公共交通のアクセシビリティを広報する「トラベル・トレーニング」プログラムを行い、障害者や高齢者が社会に積極的に参加することを提唱している。

それでは、カナダのなかで最もアクセシブル化が進む3州のうち、ブリティッシュ・コロンビア州のバンクーバーを例にとって、さらに細かくアクセシブル状況を見てみよう。

バンクーバーの公共交通システム

ブリティッシュ・コロンビア州最大の町であるバンクーバーの都市圏では、トランスリンクという会社が市の公共交通機関であるスカイトレイン、シーバス(フェリー)、バスを運営している。運賃体系は、スカイトレイン、シーバス、バスともに統一されており、90分以内であれば他のモードに別料金を払わずに乗り換えることができる。

スカイトレイン


Skytrain

長距離無人運転、高速運行をコンピュータ管理により実現し、全長約28キロを39分で運行する電車で、一駅を除くすべての駅にエレベーターが設置され、車いすでホームに上がることができる。駅の多くが、正面と後ろの両方にドアがあるエレベーターを備えており、車いすを内部で方向転換しなくても、直進のままプラットホームや通路に出られるようになっている。 エレベーターが設置されていない駅と隣の駅の間には、無料のシャトル・タクシー・サービスがあり、電話で頼めば、車いすごと乗れるタイプのタクシーが来てくれる。
車両とホームの間の隙間は狭く、段差がほとんどないため車いすでも自力で乗降できる。ドアの横に跳ね上げ式の座席が設けられ、車いすのスペースが確保されているが、車いす固定装置は装備されていない。車いすでの乗車時は、壁に背当てを向けて、進行方向に対して90度に向いて乗車する。

SeaBus

シーバス

400人乗りの旅客専用の高速フェリーで、バンクーバーのダウンタウン中心部にあるウォーターフロント駅と、ダウンタウンに沿って流れる入り江の対岸にある北バンクーバー市のロンズデール・キー駅まで、15分から30分間隔で運航されている。
乗船時には6ヵ所の乗船口に渡り板が渡され、車いす、ベビーカー、自転車(乗船可)が容易に乗り込むことができる。船内には、出入り口の横に車いすの専用スポットが確保されている。

バス

車いす用リフト付きバスと、ロー・フロアバスがカナダで始めて導入されたバンクーバーだが、現在、"Kneeling"(ニーリング)という表示がついたアクセシブル・バスが増えている。ニーリングとは「ひざまずく」という意味で、床面と地上との段差を小さくして乗降を容易にするために、エア・サスペンションを調節して車高を低くすることのできるバスだ。もともとフロアが低く作られているバスだが、これでさらに車体を低くすることができるようになっている。

また、車いすの乗降用に、Ramp(ランプ)と呼ばれる傾斜板が出てくる機能も備えている。これは、入り口の床に縦横一メートル前後のボードが仕組まれ、そのボードが作動して道路との段差をつなぐ傾斜板(ランプ)となるものだ。ランプから乗車した後で、前方にある車いす専用のスペースに、運転手が車いすをベルトで固定する。
バンクーバーのバスの運転手は、バス停で停車する際に、歩道とバスの間に危険な隙間を作らないように、タイヤを歩道の側面に擦り付けるようにギリギリまで寄って止まる配慮を行っている。


Bus
車利用者用ドア →

ハンディー・ダート

バンクーバーには、市営バスのほかに、ハンディ・ダートと呼ばれるリフト付きのミニ・バンを使った障害者のためのバス・システムがある。ハンディ・ダートは、トランスリンクと提携している民間会社が運営し、利用者のオーダーによって運行する乗り合いバスで、障害者や高齢者を自宅から目的地までドア・ツウー・ドアで運んでくれる。

HandyDart

町全体のアクセシビリティー

バンクーバーは、公共交通システムだけにとどまらず、あらゆる場所へ車いすでアクセスできるようになっている。歩道が、店の看板や不法駐輪で道がふさがれていることはなく、車いすで通れるだけの広さが設けられている。交差点には歩道と車道の段差はなく、車いす利用者だけでなく、ベビーカーや高齢者にもやさしい環境だ。前述した、車いす利用者用のドアが設置されているビルのほか、車いすで利用できるトイレもいたるところに見られる。年齢、性別、肉体能力などの枠を超えて、あらゆる人にとって動きやすい空間が作られている。

日本政府の方針

1983年に運輸省(現国土交通省)は「公共交通ターミナルにおける身体障害者用施設整備ガイドライン」を策定した。カナダに遅れること13年、これが日本のバリアフリー社会への一歩である。その後、公共交通施設、公共交通車両等におけるバリアフリー対策は、90年代に積極的に取り組まれた。1991年には「鉄道駅におけるエスカレーターの設備指針」、1993年に「鉄道駅におけるエレベーターの設備指針」、そして1994年には高齢化が進むなか「公共交通ターミナルにおける高齢者・障害者等のための施設整備ガイドライン」が策定され、鉄道駅のほか初めてバス・ターミナル、航空ターミナル、旅客船ターミナルに対するバリアフリー化も行われるようになった。

2000年には、高齢者、身体障害者等の公共交通機関を利用した移動の円滑化の促進に関する法律である、交通バリアフリー法が施行された。市町村が、特定の駅やその周辺の地区を重点的に整備する地区として指定し、移動の円滑化のための事業に関する基礎的事項をまとめた「基本構想」を定め、公共交通事業者、道路管理者、公安委員会はそれに沿って、それぞれの事業を計画・実施することになった。交通バリアフリー法の基本方針として国土交通省は、2010年までに、1日当たりの平均的な利用者数が5000人以上の全ての旅客施設を、原則としてバリアフリー化する目標を掲げている。

それを受けて、利用者の多い駅ではエレベーターやエスカレーターの設置が始まった。駅だけではなく、その周辺や街中を車いすや高齢者が移動できるように段差を取り除いたり、スロープをつけたり、ノンステップ・バス、コミュニティー・バスを走らせるなど、それぞれの自治体がバリアフリー化に努力を注いでいる。

国土交通省は、1日当たりの平均的な利用者数5000人以上の鉄道駅を中心として、2002年より3667駅のバリアフリー化の状況を一覧化している。その資料によると、3667駅の42%に当たる1556駅で車いす利用者が介助なしで利用可能となっている。また、高齢者、身体障害者等が公共交通機関を円滑に利用できるようにするため、駅構内のバリアフリー施設、乗り換え案内等のバリアフリー情報を統一的に提供するためのシステム(らくらくおでかけネット)を構築し、2002年よりインターネットを通じ情報の提供を行っている。
加えて、利用者に高齢者や体の不自由な人の体験をしてもらうとともに、 そのサポートの仕方を学習する機会として、2000年から国土交通省と鉄道事業者の共催で「交通バリアフリー教室」が全国各地で実施されている。だれでも参加可能で、参加者は車椅子使用者擬似体験・介助体験、目の不自由な人の擬似体験・介助体験、高齢者擬似体験・介助体験を通してバリアフリーに対する理解を深めるというものだ。

らくらくおでかけネットに掲載されているデータ例

全旅客施設・・・ 鉄道駅、バスターミナル、旅客船ターミナル、航空旅客ターミナル
(1日当たりの平均的な利用者数5000人以上のもの)
段差の解消 44.1%(2002年より約4.7ポイント上昇)
視覚障害者誘導用ブロック 74.4%(同約2.4ポイント上昇)
身体障害者用トイレ 21.2%(同約8.1ポイント上昇)
車両等
鉄軌道車両 23.7%(2002年より約4.3ポイント上昇)
ノンステップバス 9.3% (同約2.8ポイント上昇)
旅客船 4.4% (同約2.3ポイント上昇)
航空機 32.1% (同約7.6ポイント上昇)

このように、日本でもバリアフリー化は進んでいる。しかし、日本でもカナダでも、バリアフリー化は設備や技術などハード面の革新だけでは完成しない。バスの運転手や駅員を始め、国民すべてが心のバリアフリーを推進するソフト面が不可欠だ。例えば、バスや電車で高齢者に席を譲るのはごく当たり前のことである。また、カナダのように、アクセシブル・バスを備えていても、車いす利用者が乗る時は、運転手が車いすをベルトで固定するまで、他の乗客は待たなければならない。こうした場面に遭遇した際に、周囲の人たちが寛容な態度を保てないのでは、バリアフリー社会は実現しないのだ。一人ひとりがバリアフリーに関心をもち、人権の尊重と合わせてバリアフリー志向を受け入れることが、バリアフリー社会を築く条件なのだ。

参考資料
欧米主要国における高齢者・障害者の移動に関する調査
財団法人 交通エコロジー・モビリティ財団 平成11年度
国土交通省HP: http://www.mlit.go.jp/index.html
トランスリンクHP: http://www.translink.bc.ca/
access Calgary HP: http://www.accesscalgary.ca/
エドモントンHP: http://www.edmonton.ca/portal/server.pt