大陸横断10日目。7月10日、曇り。 私たちはモントリオールの郊外にあるオリンピック公園に車を走らせた。この公園は1976年五輪のために建造されたもので、世界で最も高い傾斜塔があり、塔の頂上の展望台にはケーブルカーで登ることができる。しかし、私たちは塔には登らず、持参したフリスビーで久しぶりに体を動かすことにした。それに、スポーツを通してならユンジーとジーウンともうちとけられるかなとも思った。彼女たちはフリスビー初体験だったため、私たち3人で丁寧に教えてあげた。すると練習の成果があり、2人ともなんとか投げられるようになった。私たちの雰囲気もこの時はなかなか良い感じだった。その後、ダウンタウンを観光して、次の目的地であるケベックシティに車を走らせた。
午後8時ごろにケベックシティに到着。辺りはすでに暗く、夜景がとても印象的だった。街の中心部に入ると、大変な車の量で渋滞している。と、次の瞬間大きなポスターが私たちの目に飛び込んできた。そこにはフランス語で「ミュージック・フェスティバル」の文字。会場に近づくにつれて、通りは人で埋め尽くされ、相当盛り上がっている様子。もちろんこれは参加するしかない。私とリオはかなり乗り気だったが、残りの3人はそうでもない。むしろ、疲れきっている。そこで別々に行動することにした。3人は夕食を食べに行き、私とリオはフェスティバルを覗くことに。 野外イベントのため、周辺のバーはビールを片手にハイテンションの人で溢れている。そのイベント会場の周りには歴史を感じさせる建築物が多い。ここケベックシティは1535年にフランス人探検家、ジャック・カルティエが訪れて以来、フランスの植民地として発展。現在も住民の90%以上がフランス系といわれている。また北米唯一の城塞都市であり、ユネスコの世界遺産にも登録されている。城壁に囲まれた旧市街はカトリックの教会や聖堂が並び、その間を縫うように石畳の通りが走っている。その街全体がライトアップされ、いつか観た映画の1コマのように幻想的だった。 他の3人との待ち合わせの時間が近づいてきたため、後ろ髪を引かれる思いで私とリオは車に向かった。再び車に乗り込み、今夜の宿に向かう。ここから先の宿は、ヤンウーが事前に予約をしてくれているため、場所を見つけるだけでいい。しかし、城壁都市というだけあって道は迷路のように複雑だった。散々迷った挙句、宿にたどり着いたのは真夜中近く。へとへとである。そこに追い討ちをかける事態が私に降りかかった。なんと今夜泊まる宿は、ケベックシティ郊外に住む韓国人家族の一軒家の地下室だった。この家の地下には2部屋と1バスルームがあり、そこを旅行者に低料金で提供しているのである。それにしても、よくこんなところを見つけたな、とヤンウーに感心したが、外に出ればフランス語、家に帰れば韓国語。ここでは英語も日本語も役に立たない。私は不安とストレスを抑えきれず、ヤンウーとリオに相談した。せめて、私がいる前では英語を使ってほしい。その旨をユンジーとジーウンにも伝えてほしいと。しかし、ヤンウーから返ってきた答えは私をさらに滅入らせるものだった。「この旅行は学校の授業の一環などではなく、2人とも個人的に楽しむために参加している。そんな2人に英語を話すことを強制はできない」。確かに一理ある。そうなれば、私の積極的にコミュニケーションをとる姿勢と彼女たちの自主性に頼るしかなかった。
大陸横断10日目。7月11日、晴れ。 |