現代は、マーケティング・オリエンテッド(販売戦略指向)の時代と言われている。 マーケティングの定義について、世界のマーケティングの権威者である*フィリップ・コトラー(Philip Kotler)の言葉を借りれば、「市場が必要としているものを満たすための価値を探し出し、創造し、そして提供するという科学と技術である。つまり、市場において満たされていないニーズと欲求を特定することである」。
第二次世界大戦が終わった頃は「モノを作れば売れる」時代で、その後、需要と供給のアンバランスが解消されるにしたがって「作ったモノをセールス・プロモーションすれば売れる」時代となった。そして、マスメディア・テクノロジーが発展し、消費者自身の経験が豊富になった現代は、ただモノを作ってセールス・プロモーションするだけでは売れない時代になった。つまり、顧客や消費者が求めているものを探し出し、創造して、製品とサービスを市場に提供することが要求されるマーケティング・オリエンテッド時代となった。
マーケティング・オリエンテッド時代を象徴する一例として、ソニーの「ウォークマン」を挙げることができる。「屋外でも自分の好きな時に好きな音楽を自由に聞きたい」という満たされていなかったニーズを探し出し、当時としては画期的な製品を生んで成功した。 「ウォークマン」のように、革新的な製品を開発するだけではなく、既にある製品やサービスに新たな「価値」を加えることで成功した商品例もある。例えばペットボトル飲料水は、日本では以前から1.5リットルや2.0リットル用のボトルが存在していたが、それよりも少ない量の飲料水は缶で販売されていた。しかし缶の場合、一度プルタブを開けると飲みきらなければならず、携帯性も全くなかった。そこで500mlという適度な量と、ふたをキャップ式にすることで携帯性を上げるペットボトル式にパッケージングすることで新たな「価値」を創造し、消費者の支持を集めることに成功した。
文化的背景をあわせたマーケティング戦略マーケティング技術が進むなかで、マーケティング戦略を対象地域の性格に合わせる例も日常的に行われるようになっている。 例えば、マクドナルドはインドにも進出しているが、インドでは宗教上、牛肉を食べることはタブーとされているため、ベジタリアンをメインにしたメニューを販売するマーケティング戦略を展開している。 また、北米でヒットしている「ダイエット・コーラ」は、日本では「ライト」という名前で登場した。これは、日本人(特に女性)にとって、「ダイエット」という言葉は「肥満」のイメージにつながり、「ダイエット・コーラ」を飲むことを恥ずかしく感じる傾向があるからだ。「ライト」という響きであればカロリーを気にしている日本人であっても気兼ねなく買うことができる。その反面、北米では、「ダイエット」は「健康に良い」ことに直結するためネガティブなイメージはまったくない。 一方、国が違っても、同じようなマーケティング戦略が効果的に働くこともある。 日本で有名な健康食品の「青汁」は、その不味さを強調すること(「まずい、もう一杯」というフレーズ)で消費者の心理を引き付けたが、北米にも「Backley’s」というのどの薬があり、「It tastes awful. And it works(味は最悪だ。そして効く)」というキャッチフレーズで有名だ。「良薬口に苦し」という概念は日本でも北米でも通用するため、仮に「青汁」が北米に進出して同じマーケティング戦略を使ったとしても、成功した確率は高いだろう。
日本を外から見てマーケティングを学ぶマーケティング・オリエンテッド時代で成功するには、既成の概念に固執するのではなく、柔軟な考え方で市場のニーズを把握して先取りすることが大切だ。それには、日本とは異なった環境にある市場について知ることが視野を拡げる点で効果的だ。
通信技術の発展により、世界は以前と比べて遥かに「狭く」なってきている。しかし一方で、世界中の消費者にアピールする商品をもちながら、効果的にマーケティングされていないためにチャンスを逃している商品がいくらでもあるはずだ。実際、北米で生活すると、ポジショニング次第ではひじょうに大きな可能性をもっていると思われる日本製品を目にすることも多い。現代は、多国籍企業はもちろんのこと、中小企業でも外国市場に進出することが可能な時代だ。その基盤となるマーケティング戦略作りには、多面的な知識を得ることが不可欠だ。
フィリップ・コトラー(Philip Kotler):
有馬大輔 東北学院大学文学部史学科卒業
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