普段の生活であたりまえと思っていることが海外に出てみてはじめて疑問に感じることがある 私にとって初めての海外旅行は30年ほど前のことで、行き先はコロラド州ボールダーだった。ニューヨークのコロンビア大学で二年間学ぶ前にここで3ヵ月のサマースクールを過ごすことになっていた。ボールダーは有森裕子さんが定住し、高橋尚子さんも基地にしていることから日本でもだいぶ知られるようになったが、いまや世界のマラソン・ランナーにとって高地トレーニングのメッカとなっている。私がひと夏を過ごした1977年頃は、小さな商店街の一画に往年の長距離ランナー、フランク・ショーターが経営するスポーツ店があったくらいで、マラソンのメッカには程遠い小さな大学町だった。 コロラド大学エコノミック・インスティテュートのサマースクールは、経済学や経営学の大学院に進む留学生が専門科目の模擬講習を受けながら英語の集中学習ができるというプログラムで評判が高い。わたしが行った当時は150人の留学生が在籍し、そのうち日本人は50人を占めて最大勢力だった。エズラ・ボーゲル教授の「ジャパン・アズ・ナンバーワン」がベストセラーになったころだった 横のものを縦にする? 問題は箸そのものではなく、箸の並べ方だった。ナイフ、フォークと並べて縦に置いてあった。中国や韓国では普通の並べ方かもしれない。ホストが中国か韓国の習慣を日本でも同じと考えた可能性はある。そこまでは考えが及ばなかったわたしが、日本では箸は自分やお客の前に横にして、それも持つ方を右にして並べると説明したところ、ホストご夫妻から驚きの声が上がった。些細なことで先方は異文化との出会いを感じてくれた。わたしも戸惑いと同時にちょっとした感動を覚えた ずっと後になって、箸を横に置くのは日本だけの習慣でこれは食事の相手に敵意がないことを示すマナーだと何かの本で読んだことがある。 使い捨てるか、洗って使うか 部下は散々言い争った挙句、「日本人は他人が使った物を自分の口に入れるのを嫌がる。あなただってどんなにきれいに洗ったと言われても、他人が使った歯ブラシで歯を磨く気になれるか」と答えたそうだ。なかなか気が利いた答えをしたが、国民性や文化の違いというグレイな領域の議論になってお互いに納得しないまま別れることになったそうだ。 その時、仲間内で、北米の人間は意見の違いをトコトン議論するのがフェアだと考えているから、相手の弱みも突いたらどうかという話になった。つまり、「君たちはやれピクニックだバーベキュー・パーティだと言ってプラスチックのナイフ・フォークや紙皿を使い捨てにするが、それはどう考えているのか」と攻めてみたらどうかというわけだ。子供の喧嘩みたいな話だが、他所でもこういう経験をした人がいたのだろうか、最近、東京の日本料理店の中に、高級な塗り箸を洗って何度か使う店が現れたそうだ。 マイ茶碗、マイ箸 以前、江蘇省無錫市のホテルで従業員食堂を見せてもらったとき、それぞれが自分のお椀をもって食事係の前に行き、飯とおかずを入れてもらう(要すればぶっかけ飯になる)のを見たことがある。その後、みんなテーブルに行き箸入れに入った箸をてんでに取って食べていた。この場合、マイ茶碗は持参していたがマイ箸は持っていなかったようだ―そのマイ茶碗もどちらかと言えば弁当箱代わりのアルマイトのボウルだった。従業員食堂のテーブル上にあった箸がどんな材質のものであったかまでは覚えていないが、塗り箸ではなかったし、もちろん割り箸ではなかった。 わたしは日本人が「マイ茶碗、マイ箸」を持つ習慣には、道具を大事にするという先祖代々受け継いできた精神が現れているのではないかと思っている。もっとも、狭いようでも日本も地方によって色々な特徴を持つ。土地によっては「マイ茶碗、マイ箸」の習慣が無い所もあるだろう。箸を使う習慣一つをとってみてもけっこう奥が深い。 |