卒業直前のトラブル
無事に卒論を書き上げ、「後は卒業を待つばかり」と思いたかったが、私はまだ卒業に必要な単位を満たしていなかった。それは私がカレッジから大学に編入した時期が5月であったことと、夏の間に受講できるクラスも日本への帰省で逃していたためだ。念のためアカデミック・アドバイザーに私の卒業単位を点検してもらったところ、あと4クラス分の単位が必要であることがわかった。 見方を変えれば「好きなクラスを4つ取れる」ことなのだが、急にそう言われても、どんな科目を選んだら良いかはすぐには分からなかった。そんな矢先、専攻の女性学でお世話になったクリスティーヌ教授から、「オーナー・スチューデントをやってみる気はないか」と声をかけられた。オーナー・スチューデントとは、学部によって異なる場合もあるが、ある一定の成績を保ち、自分の専攻している学部で一般の学生よりも多く単位を取る学生のことをいう。女性学の場合にオーナー・スチューデントとして卒業するには、4クラス分の追加単位が必要であった。
早速、教授と会って話を聞いた。説明によれば、オーナー・スチューデントの学位は将来北米で大学院を目指している者にとっては不可欠なものらしい。しかし、女性学のオーナー・スチューデントの場合、一年間分の単位を取得しなくてはいけないとのこと。半年間かけてやっと卒論を書きあげたばかりの私は、もっと長い時間をかけてリサーチを行い論文を書き上げなければならないと聞かされて、気が遠くなった。多くの人からアドバイスをもらったが、「果たして一年もかけてリサーチしてみたいことが自分のなかにあるのだろうか?」という疑問にたどり着いた。リサーチしたいものがなければ、例えオーナー・スチューデントが素晴らしい学位だろうと取る意味はない。 卒論で扱った<従軍慰安婦問題>をさらに深くリサーチすることも考えたが、これは教授の反対にあった。従軍慰安婦問題に携わっている教授がいないという理由だった。
カナダは留学先として良い条件をそろえている。しかし、留学生が直面する問題がまったくないわけではない。例えば、カナダは多国籍文化が国策で、人種差別を軽蔑する思想が定着しているが、差別感をもたない人がまったくいないわけではない。
ところが、安易に担当教授を選んだのが間違いだったと気づいたのは、リサーチを開始し、論文を5ページ程度書き終えた頃だった。 私は、すぐにクリスティーヌ教授に連絡を取った。クリスティーヌ教授は私の話を聞くやいなや、直ぐに担当教授に連絡を取ってくれたが、私へのクラスへの出席の要求が変わることはなかった。そればかりか多忙という理由からリサーチへの協力も得られず、散々な有り様だった。教授への信頼をなくした今、この教授のもとでリサーチを続けることは考えられなかった。教授の変更を願い出たが、たった5人しか教授がいない学部とあり、代わりの教授を探すのは不可能だった。クリスティーヌ教授は責任を感じたのか、彼女のリサーチ分野である<女性文学>をテーマにすれば、担当を引き継いでくれると申し出てくれたが、夏の間にがんばって探したいろいろな文献を無駄にするのはとても心苦しく、また小さな学部でいつまたその教授と顔を合わせるかと考えると、オーナー・スチューデントの学位をあきらめるのが一番良いと考えた。
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