ライフ−連載コラム記事
  カナダに住む ことばと カナダ横断旅日記  

竹内英理奈(たけうちえりな)
三重県出身。1976年生まれ。津田塾大学学芸学部国際関係学科卒。高校で英語教師を務めた後、2004年4月に来加。現在、ブリティッシュ・コロンビア州バンクーバーのサイモン・フレーザー大学(SFU)で通訳養成講座受講中。趣味は休日の散策。ストレス解消法はとにかく体を動かすこと。

カナディアン・ヒーローの精神
The Greatest Canadian Top 100(最も偉大なカナダ人100選)

カナダの国営放送であるCBCが、「ザ・グレーティスト・カナディアン」という番組を行った。カナダ建国以来最も偉大なカナダ人100人を、視聴者が投票で選ぶという内容だ。数週間にわたり放送されたため、中間報告を見るのが楽しみだった。

投票の結果、首位に輝いたのは、カナダ医療制度の父と呼ばれているトミー・ダグラスという人物だ。収入や社会的地位に関係なく誰もが受けられる医療を確立したことで、その功績はカナダ人の誇りの一つとなっている。
上位10位のなかには、自らも癌と戦いながら、癌研究費募金のためにカナダ全土をマラソンしたテリー・フォックス、元首相で多文化主義の礎を築いたレスター・ピアソンとピエール・トゥルードー、インシュリンを発明したフレデリック・バンティング、日系カナダ人の環境保護活動家デーヴィット・スズキ、電話を発明したアレクサンダー・グラハム・ベル、NHL(ナショナルホッケーリーグ)の世界的有名選手であったウェイン・グレツキーなどが選ばれている。ちなみに日本でもおなじみの歌手、セリーヌ・ディオン、アヴリル・ラヴィーン、俳優のジム・キャリー、マイケル・J・フォックスも上位100人のなかに入っていた。

ところで、何をもって功績とするか、偉大とするかは、人それぞれの価値観によって異なることを十分理解したうえで、個人的には真に人々の幸福に貢献した人物が選ばれてほしいと思う。「グレーティスト・カナディアン」も単なる著名人、歴史上の人物のランキングであるならば、特に目新しいものではないのだが、特筆すべき点は選ばれた人物に共通する特徴である。異文化同士の共存、医療制度、通信システム、環境保護等、選ばれた人の多くは人々の生活の向上、改善に大きく貢献しており、こうした人物が選ばれるあたりがカナダ人の優れたところではないだろうか。また上位10人の中に、力の行使によって物事を解決しようとした人物は一人もいない。結果を見たカナダ人は、選ばれた側と選んだ側双方にとっての誇りだと語っていた。ホッケー・ファンにとって、先述のウェイン・グレツキーは神様のような存在だろう。しかし興味深いのは、個人的嗜(し)好で人気歌手やスポーツ選手、芸術家等に投票した人たちも、トミー・ダグラスの首位は当然だと述べているところだ。その理由として、彼がカナダの精神を体現する人物であるからという。

ここで、精神という言葉に注目してみたい。
ある番組視聴者は、自分が選んだヒーローを紹介する際に、Psyche(サイキ)という言葉を使っていた。辞書を引くと、精神、魂、心理という意味が出てくる。サイケやサイコに通じる言葉でもあるため、少々恐ろしい感じがしないでもないが、Psycheは否定的な表現ではない。心の奥深くに関わるという原義から、Psychology(心理学)、Psychedelic(サイケデリック調の、幻覚を起こさせるような)、 Get psyched(気合いを入れる)等、幅広く使われている。英語の精神、心に関する語は実に豊富で、Psyche、 Spirit、Mind の他にも Soul、 Heart、 Genius などがある。上位10人がもつPsycheとして、Peace(平和)、 Social justice(社会正義)、Compassion(思いやり)、Humanity(博愛)、Tenacity(不屈)、Intellect(理知)、Kindness(親切心)、 Moderation(温和)が挙げられていた。これらの言葉から、カナダ人が尊重する心の在りようというものが浮き彫りにされ、多くのカナダ人にとって、偉大なるヒーローがどのような人物かお分かりいただけるのではないだろうか。

カナダ的精神を反映する外交
世界的にカナダ人の精神性はどう評価されているのだろうか。
海外旅行中のアメリカ人のなかに、カナダの国旗のついたTシャツを着たり、帽子をかぶってカナダ人を名乗る人がいると先日ニュースで聞いた。理由はカナダ人を嫌う人は少ないからだという。国際関係という力学上、強国が強い発言力、影響力をもつのは当然で、他の先進諸国のなかにあってカナダはあまりその存在が目立たないとも言われるが、カナダのもつ精神性あるいは特性は、世界全体にとっても価値がある。なぜなら、現在の世界状況、また歴史を振り返ってみても力のみが真の解決につながったことは一度もないからである。軍事力で勝る超大国が果たしえない役割を担える国として、カナダの存在に大いに期待したいところだ。

例えば対人地雷禁止条約(オタワ条約)など、カナダが主導的立場を果たし、条約締結につながった例もある。最近ではスーダンの虐殺に関していち早く声明を発表していた。カナダはもし人道に反する行為が世界のどこかで起これば、世界中に責任があるとする見解をかなり前から打ち出している。もちろんカナダとて、人道に反する事件や人権侵害が皆無ということはない。しかし、それを許すまいと活動する人々と社会的な取り組みによって、世界でも成熟した国の一つになっているのでなないかと思う。経済的豊かさのみで国、社会の成熟度は計れない。「グレーティスト・カナディアン」は、カナダ社会の根底に深いカナダ的精神が確かに息づいていることを教えてくれた。

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