どんなに外国語に精通した人でも、訳すに訳せない単語や文章はいくらでもあるだろう。言葉は、まずその国の文化があって、その文化のなかで生活している人々の生活のなかから生まれてきたものだから、違った文化をもつ国には一致する言葉がなくて当たり前だ。
近い意味合いのものが見つかる場合は良いが、それすら適(かな)わない文章もある。例えば、手紙の文頭に書く挨拶文だ。 ともあれ、翻訳という作業は難しい。 合格点をもらえるだけの文章に仕上げるのですら難しいのだから、"名訳"と言われるような翻訳ができるようになるには相当な修行が必要だ。"名訳"は、原文に忠実でありながら原文からひとり立ちして、それ自体が新しい命をもっている。豊かな知識と膨大な情報をもち、優れた想像力がなければ到底できる作業ではない。 政治家は通訳泣かせ 通訳には、同時通訳と逐次通訳がある。 通訳は翻訳と違って時間に余裕がないため、翻訳能力に加えて、機転が利き、記憶力に長け、舌も良く回らなければ務まらない。特に同時通訳はひじょうに高い技術を要するもので、かなりの経験者でも、文章の一部を省略していたり、話し手が話さなかったことを加えていたりすることがよくある。聞き手は通訳なしでは話し手の言葉がわからないので、饒舌な通訳ほど腕が良いと思いがちだが、実際はミスだらけの通訳という場合もあるのだ。誤訳、省略、創作などがなく、聞く人の耳障りにならないよう正確に通訳できる人は、そう多くはいない。 ところで、いくら腕が立つ通訳でも、話し手の話す内容が意味を成さないのでは訳しようがない。例えば、政治家の答弁だ。 話は飛ぶが、言いたいことの筋道を立て、できるだけ簡潔にまとめた日本語の文章を書く練習をすると、英語の上達に役立つと思う。その時、文章はできるだけ短く区切ったほうが良い。こうして仕上げた文章と、何も考えずにつらつらと書き綴った文章をそれぞれ英訳してみると、一方は訳しやすく、もう一方は比較にならないほど訳し難いがことがわかる。同じプロセスで、英会話や英作文でも言いたいポイントをまとめて文章にしてみると、より"通じる"英語になっているはずだ。 |