ライフ−連載コラム記事
  カナダに住む ことばと カナダ横断旅日記 Hello, Canada

竹内英理奈(たけうちえりな)
三重県出身。1976年生まれ。津田塾大学学芸学部国際関係学科卒。高校で英語教師を務めた後、2004年4月に来加。現在、ブリティッシュ・コロンビア州バンクーバーのサイモン・フレーザー大学(SFU)で通訳養成講座受講中。趣味は休日の散策。ストレス解消法はとにかく体を動かすこと。

文化の連続性
―過去から現在、そして未来へ

冷や汗だらけの、貴重な通訳経験

サイモン・フレイザー大学の上級通訳養成講座では、フィールド・トリップと呼ばれるクラスで、さまざまな所を訪れ、そこでのガイドや関係者の説明を逐次通訳する実地練習を経験する。訪れる場所は博物館、裁判所、行政機関、金融機関等さまざまである。ほとんどの場合、生徒は予備知識をもっていないため、事前の準備として関連資料を読み込み、知らない単語や重要な背景知識を短時間にできる限り詰め込むことになる。しかし当然のことながら、現場では自分が思っている通りにはいかない。また、予想外の事態に遭遇するものの、教室の一歩外に出れば先生にもクラスメートにも頼れず、何とか自分で対処しなければならないのである。こうして現実の厳しさを実感し、失望と興奮が入り混じった気持ちと、沢山の反省材料を抱えて毎回帰ってくる。しかし、自分の弱点を知る上でも、ビデオに撮られた自分の姿を客観的に見ることはひじょうに有意義である。

先住民の英知に触れる

最近、このフィールド・トリップで、ブリティッシュ・コロンビア大学の人類学博物館を訪れた。
ブリティッシュ・コロンビア大学の人類学博物館は、北西沿岸先住民のコレクション(トーテムポールなど)を展示していることで有名である。博物館に入る前に、私たちはビジター・スタチューと呼ばれる大きな像を目にした。案内者のトレイシーさんによれば、昔の北西沿岸部では、カヌーで乗り着けた訪問者を迎え入れるようにこの像が建てられていたそうである。また著名な建築家であるアーサー・エリクソン氏によって設計されたこの博物館の建物自体が先住民特有の建築様式を採用しており、建築に興味のあるないに関わらず一見に値すると思われる。

私が過去に訪れた土地のなかには先住民に縁の場所もあり、彼らについて学ぶ機会がなかったわけではない。しかし彫刻や織物等の工芸品の美しさには目を留めても、先住民の文化や歴史、また彼らの自然と融合した価値体系に関しては全く無知だった。今回のフィールド・トリップを通じて、私は、先住民の文化や歴史、また彼らの英知を、もっと多くの人に知ってほしいと思った。

Clan System(氏族制度)− 先住民の驚くべき叡智

今回私がもっとも興味をもったのが、クランシステムというギッツァン族の氏族制度である。先住民族の一つであるギッツァン族の創世記では、動物(伝説上の動物を含む)は人の姿になることができ、人類は動植物から始まったとされている。そのためシャチ、狼、柳の木、カエルのどれかにギッツァン族の人々は属していたのだという。驚くべきことにこの制度は、近い血縁関係にある者同士の結婚を防ぐためにも、また限りある資源を守り自然環境を維持するためにも重要な意味合いをもっていた。例を挙げると、狼のクラン(氏族)に属する女性は、別のクラン出身の男性と結婚しなければならない。長老はだれがどのクランに属しているかを把握しており、交際を始めるにあたって長老の許可が必要だったという。なるほどと感心して聞いていたところに予期せぬ質問が飛び出した。
「同じクラン出身の二人が恋に落ちて駆け落ちし、村を離れてしまったことはありますか?」
一瞬、私は動転してしまった。駆け落ちという言葉をとっさには英語に訳すことができない。通訳をしていたクラスメートは他の言葉を用いてうまく伝えていたが、私だったら対応できずに行き詰まってしまうところだった。
こういう予期せぬ質問や事態にも冷静に対処できることが通訳には要求される。ちなみに、「駆け落ち」という言葉に当たる単語は「Elopement」だが、日本語にあっても英語にはない単語はいくらでもある。こうした単語が出てきた場合は、前後を説明して通訳するしかない。
さて質問の答えだが、トレイシーさんによれば、ギッツァン族にとって共同体を維持することが生きていくうえで不可欠だったため、そういった道ならぬ恋はなかったそうだ。でももしかしたら、だれにも知られることのない悲恋があったのではないだろうかなどと思ってしまった。

Cultural Continuity−受け継がれる文化

「文化の連続性」と訳されるこの「Cultural Continuity」という言葉が、先住民族の文化のなかでひじょうに重要な概念となっている。
トレイシーさんは、博物館内にある展示物は過去のものではなく、現在そして未来へ受け継がれていくものなのだと語った。しかしながら、残念なことに、先住民にとって、彼らの文化を次世代に伝えていくことは困難を極めた。
その要因は一つではない。ヨーロッパ人のもたらした病気は免疫をもたなかった先住民に壊滅的な打撃を与え、祭礼儀式が禁止されたりトーテムポールが燃やされるなど、先住民の文化や伝統をことごとく否定する事件も起こった。また文化を継承していくべき存在の子供たちが、カナダの同化政策の一環である寄宿学校での生活を余儀なくされ、両親の手元で育てられなかったことも大きな要因である。寄宿学校で子供たちは自分たちの言葉や文化、また歴史について語ることを厳しく禁じられたという。博物館のなかで時の流れを超えて立っている雄大なトーテムポールを見ると、何かを無言で私たちに語りかけているかのように思えてくる。文化の連続性。改めて考えたい言葉である。

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