ライフ−連載コラム記事
  カナダに集う Hello Canada カナダ横断旅行日記 言葉とKOTOBA

竹内英理奈(たけうちえりな)
三重県出身。1976年生。津田塾大学学芸学部国際関係学科卒。高校で英語教師を務めた後、2004年4月に来加。現在ブリティッシュコロンビア州バンクーバーのサイモンフレーザー大学(SFU)で通訳養成講座受講中。趣味は休日の散策。ストレス解消法はとにかく体を動かすこと。

マトリックス―壮大なひとつの生命体
「私たちは地球の一部ではない。私たちは地球そのものなのだ」

ドキュメンタリー番組とTsunami

遺伝子学者で環境保護活動家でもあるデービッド・スズキが、カナダの高校生に向けてわかりやすく地球環境や生命の営みについて語ったドキュメンタリー番組「スズキ・スピークス」を見て鳥肌が立った。心の奥深くを揺さぶられるような、少し恐ろしいような、一言では言い表しにくい気持ちを感じたためである。

自分の存在をはるかに超えるものに対する憧れ、敬い、また怖れをも含む感情を表すには「畏怖」という言葉が最も適している。英語ではAweといい、Aweから生じた言葉Awesomeは、「荘厳な」とか、「厳かで恐ろしい」という意味をもっている。「最高だ!」とか、「素晴らしい!」などと、ほめ言葉としてもよく使われる言葉だ。怖れと賞賛というのは相容れないように思うのだが、人でも芸術でも壮麗な景観でも、並外れて素晴らしいものや偉大なものに対しては、賞賛と同時に、怖れを感じることが確かにある。

自然の力といえば、年末に起きたスマトラ島沖地震・インド洋津波はカナダでも連日報道され、Tsunamiという言葉を数え切れないくらい聞いた(Tsunamiは英語になっている)。大自然の荒々しい力で為(な)すすべなく破壊された島の光景は、恐ろしさと同時に、圧倒的な力の前での人間の無力感をも感じさせ、改めて私たちが存在する基盤である地球について考えさせられた。日常の生活で地球を意識することは極めて少ない。体調を崩したり、痛みを感じたりして初めて自分の体の存在を意識するのにも似ている。私たちは普段自らの意志で体を動かしていると堅く信じているが、実際には私たちが意識的に心臓を動かしているわけでも、血液中に酸素を送っているわけでもない。私たちの存在は、ほとんどが意識されることのない部分によって支えられている。

マトリックス・オブ・ザ・エアー?

ドキュメンタリーの中でデービッド・スズキは"We are the earth."(私たちが地球である)と語り、その理由を以下のように説明する。
「私たちの体は、呼吸をし、水を飲み、動植物を食べることによって取り込まれる分子で形作られている。当たり前のようにも聞こえるが、目に見えない小さな分子を追っていくと、壮大な世界が見えてくる。例えば、アルゴンという空気の1%を構成する原子は一回の呼吸中に3京(30,000,000,000,000,000)もあり、今私たちが吐き出したアルゴンは地域、国、海洋、時をも越えて循環する」。
アルゴンはこうして今も昔も循環を続けている。
6500万年前、地球上に君臨していた恐竜の体内にも循環していたのである。なんともスケールの大きな話だ。私たちはまさに動植物を含めたすべての生き物と、今この時はもちろんのこと、過去や未来においてもつながっているのである。デービッド・スズキはこの事実を以下のように表現していた。"We are all stuck in this matrix of the air. "面白い言い方だが、マトリックス・オブ・ザ・エアとはどういう意味だろう。

マトリックスと聞くと、真っ先に思いつくのは、数年前キアヌ・リーブスの主演で大ヒットした3部作映画「マトリックス」である。
コンピューターが、自らの意思をもたない人間を管理する完全にバーチャルの世界と、それに逆らい人類の解放を目指す集団ザイオン。二つの世界を行き来することのできる主人公ネオが、救世主として人類の未来を託されるといった内容だった。映画それ自体はひじょうに娯楽性の高いもので楽しめたが、この映画の深いテーマまではつかみきれず、映画を見た当時は何か消化不良のような思いがしたのを覚えている。

そもそもマトリックスという言葉の意味だが、辞書では以下のように説明される。
母体、子宮、 基盤、細胞間質、行列、コンピューターの入力導線と出力導線の回路網。
行列などと言われると、私は数学的思考が苦手なため混乱するばかりだが、コンピューターの回路に関連して映画がマトリックスと名づけられたのは明らかだ。しかしそれだけではなく、人類を生み出す母体という意味もかけているのに違いない。ひじょうに巧みなネーミングだと思う。

重要なキーワード Interconnectedness

関連して、Interconnectedness という言葉にも注目したい。相互関連性と訳されるこの言葉は、先述のドキュメンタリー中でも、最近の国連のアナン事務総長の演説中でも、繰り返し強調されていた。物の流れ、人の流れは歴史上かつて例を見ないほど進み、テロ、環境問題、エイズ等の致死的な疫病等、世界が直面する問題や脅威はどれをとってももはや一国の問題ではなくなっている。私たちは全世界と絶えることなく循環する分子によって、また地球の未来においても分かちがたくつながっているのだ。
このような相互関連の世界を思うとき、デービッド・スズキの言葉が真に迫ってくる。
「私たちは地球の一部ではない。私たちは地球そのものなのだ」