ライフ−連載コラム記事
  カナダに住む カナダ横断旅行日記 言葉と Hello Canada

●B & B--- Au Toit Bleu

「ケベック」とはネイティブ・インディアンの言葉で「川の狭まるところ」という意味がある。その狭まったセント・ローレンス川に佇(たたず)むように浮いているのがIle d' Orleans―オルレアン島である。ケベック・シティからオルレアン島まではたった一本の橋でつながっていて、島には公共の交通機関はなく、英語はほとんど通じない。

Loulouとエルニャ

私は、この美しい片田舎で2ヵ月間暮らした。お世話になったのはAu Toit Blue(オゥ・トワ・ブルー:青い屋根という意味)という名のB&B。お客としてではなく、手伝いとして滞在させてもらった。ケベック・シティで滞在先を探していた私に救いの手を差し伸べてくれたのが、このB & Bの女主人Loulouさんだった。滞在させて欲しいと突然メールを送った私を、「B&Bの仕事を手伝ってくれるなら」という条件で受け入れてくれた彼女は、とてもパワフルな女性だった。このB&Bには、Loulouさんの他に、夏と秋の間ここで働いている日本人の紀子さん、猫のエルニャと赤トラがいた。

Au Toit Bleuの朝は忙しい。
きれいにセットされたテーブルの上に並ぶ朝食は、毎朝Loulouが作る。ある日の朝食:庭で取れたリンゴのジュース、洋梨のコンポート、飼っている鶏が産んだ卵で作るふわふわのオムレツ、揚げたてのポテト、島内のパン屋さんから買って来る美味しいパン、熱いコーヒー。
連泊するお客が多いので、同じメニューを続けて出すことはない。卵料理はトマト風味のポーチドエッグになったり、パンはイングリッシュ・マフィンになったり・・・。

ケベック・シティの観光シーズンは8月前後から10月半ば頃までで、シーズン中はAu Toit Bleuも毎日のように大忙しだ。もっとも、私はお手伝い程度であったが、それでも見よう見まねでベッドメイクをしていくうちに、段々とそれらしくなってきたようでうれしかった。

●紅葉に包まれてサイクリング

10月になると、青々としていた木々が、まるで頬を染めるようにだんだんと紅く色付いてゆく。そして金色にも。すっかり秋色に変わった景色の中を、私はサイクリングした。

オルレアン島の外周は60キロ以上あるが、公道は、島を一周できる道と、島を縦に割る3本の道くらいしかない。島には6つの村があり、それぞれの村には美しい教会がある。

それにしても、この島はなんて美しいのだろう!
広がる牧草地、紅い実のなるリンゴ園、カラフルに塗られた屋根のかわいい家々、遠くで牛の鳴き声がする。島内にはブティックやギャラリーもあるが、私の心を一番引きつけたのは、やはり美しい自然であった。
Mitanという名の1本の道がある。そこには何もなく、ただただ続く細い道と、涙が出るほどに美しい自然があるだけだ。紅や金色の木々のトンネルをくぐり抜けると、輝くとうもろこし畑とじゃがいも畑が広がる。空もなんてきれいなのだろう。ペダルを漕ぐ私の足は軽かった。


裏庭に並んだテーブルとチェア

●旅立ちの前夜

時はゆっくりと、しかし、確実に過ぎて行った。11月も2週目に入り、オルレアン島は冬を迎えた。すっかりと葉の落ちてしまった木々は銀色に輝いていて、私は季節の変わるあの何ともいえない感傷的な気分を思い出していた。

実をいうと、私は最初Loulouのことが苦手で、感情表現のストレートな彼女に少し距離をおいていた。私達には様々な行き違いがあり、お互いがどこかぎくしゃくとした緊張感を抱えていた。しかし、紀子さんも日本に帰ってしまい、二人だけで毎日のようにディスカッションするようになると、私はLoulouという1人の人間を理解し始め、彼女もまた私を理解してくれたようだった。2人の間に距離が無くなったと感じ、思わず涙したあの日のことを、私は一生忘れない。それからの私達は本当に仲の良い友人となった。

目を閉じると、旅立ちの前夜が、今も鮮明に蘇る・・・。
多くの気持ちの行き違いがあったからこそ、私は彼女のことが大好きで、別れることがこ んなにも淋しい。
「またね」とLoulouは約束してくれた。今度は一緒に料理を作り、そしてフランス語を教えてもらおう。だから必ずここに戻って来ようと思う。美しい自然の中で、優しい人々が暮らすこの島に。夜はすっかり更けてもうすぐ日付けも変わる。
Loulouとの話は尽きないがそろそろ寝ることにしよう。今夜はオルレアン島で眠る最後の 夜。この温かい気持ちを抱えて私は明日バンクーバーへ帰る。