ライフ−連載コラム記事
  カナダに住む カナダ横断旅行日記 言葉と Hello Canada

ただ「鳥好き」というだけでは、"バーダー(Birder)"の定義には当てはまらない。重い機材一式担ぎ、鳥と出逢(あ)うためだけに世界中を廻(まわ)る人々こそがバーダーなのだ。

11月もあと数日を残すばかりになった日の、未だ夜も明け切らない午前6時半、私は折り畳み傘を片手にダウンタウンへと向かった。
バンクーバーはバード・ウォッチングの本場でもあるが、そのバンクーバーでバード・ウォッッチングを専門に行うAK トラベルのツアーに参加するためだ。
「せっかくカナダまで来たのだから珍しい鳥でも見て帰ろう」ぐらいに考えて参加したのだが、集合場所に着いた私は唖然(あぜん)とした。すでに集合している人たちは50歳以上の方々だが、背にはリュック、首には双眼鏡、左手に三脚付きの高性能望遠鏡、右手には鳥図鑑を持っている。明らかにただの観光客ではない。私は恐る恐る聞いてみた。

「あのう・・・皆さんは鳥が好きなんですか?」。
今思えばなんてくだらない質問だったのだろう。
「当たり前です。鳥好きでなかったらこんなところまで来ません」。
返って来たのはそんな答えだった。その時になって初めて知ったのだが、このツアーに参加している方々は"バーダー"と呼ばれる人々らしい。そしてこのツアーの主旨は、まさに鳥を見るためだけの一週間の合宿であった。市内観光もせず、ただただ鳥だけを追い求めるツアー。夜にはホテルで"鳥合せ"という鳥についての勉強会もあるらしい。
「これは場違いなツアーに参加してしまったのかも」と私は弱気になった。本当のところ、私は鳥が苦手であった。

●ここからが本当のバード・ウォッチング

私たちを乗せて走るバスは、バンクーバー近郊にあるデルタ市に向かった。ラドナーという小さな漁港町を通り過ぎ、最初の鳥ポイントへと向かう。心配していた天気は昨日までの雨が嘘のように晴れ渡り、絶好の鳥日和となった。着いた先はライフェル・バード・サンクチュアリーと呼ばれる野鳥保護区で、駐車場にバスを停めるとすぐに可愛らしいカモが迎えてくれた。
この区域に生息する鳥や飛来する渡り鳥は、人間から大切にされていることを知っているため、随分と警戒心が少なく、歩く私たちの前を悠然と横切って行くし、きょとんとした無垢(むく)な瞳でじっと見返して来たりする。
小川には、顔の模様が芸術的なオシドリが、つがいで仲良く水面を滑っている。道の向こうからは気取った歩調でカナダヅルが4羽近付いて来た。赤い顔をした優雅なツルは長い嘴(くちばし)で上手に餌を食べる。

2〜3時間が過ぎる頃には私の鳥アレルギーもすっかり影を潜め、鳥特有のあの小さなガラス玉のような瞳を可愛らしいと感じるようになっていた。バーダーの皆さんは、無知な私にもわかるように熱心に鳥について教えてくれ、何度もスコープを覗(のぞ)かせてくれた。ちなみにバーダーは鳥の種類をシルエットや飛び方、鳴き声で判断できるそうだ。

木々の生い茂る小道に入って行くと、どこからともなく「チカチカチカディ」という鳴き声が聞こえて来た。アメリカコガラ(チカディ)である。シ〜ンとした中で耳を澄ましていると、ツアーの主催者である川端さんがそっと私の手にナッツを乗せてくれた。じっとその時を待つ。やがて小さな生き物が私の手のひらに舞い降り、しっかりと趾(あし)で私の指に掴(つか)まり、そしてナッツを啄(ついば)み飛んで行った。私は小さく感嘆の声を上げる。何度も何度もチカディは餌を啄みにやって来る。そして珍しいマウンテン・チカディまでもがやって来た。

●シロフクロウ(Snow Owl: スノー・アウル)との対面

陽も大分傾きかけた頃、愛すべき鳥たちに後ろ髪を引かれる思いで次のポイントへと向かった。途中ポプラの木で羽を休める白頭鷲を見つけて大慌てでバスから降りる。威風堂々とした大きな鷲が木の天辺で休む様は、まるで地上を見守っているようで誠に格好が良い。そして一時の休憩を終えた王者は再び空へと飛び立って行った。

今日最後の鳥ポイントは、バウンダリーベイ・リージョナルパーク。ここで私たちはシロフクロウ(スノー・アウル)を探した。滅多に見ることができないというシロフクロウなのだが、なんとすぐに見つかった。スコープを覗かせてもらうと、真っ白な羽毛のふわふわとした生き物がこちらを見つめていた。初めて出逢ったシロフクロウは抱き締めたいほどに愛らしかった。良く回る首をあっちに向けたりこっちに向けたりしながら、それでも飛んで行く気配は見せない。私たちは何度も何度もスコープを覗いては、可愛らしさに感激した。晴れていた天気が曇り、雨が少し降った後にまた晴れ、虹が出た。そして辺りを見事な夕焼けが染め、私たちがその場を離れる頃までフクロウはじっとしていた。飛び立つ夜をじっと待つかのように。

今日1日でどれだけの鳥に出逢っただろう。無垢で清らかな生き物たちは、この地球上で懸命に生きている。私はこれからどれだけの鳥たちに出逢えるのだろう。 愛すべきバーダー。真のバーダーは鳥をこよなく愛し、自然に優しく、逞(たくま)しい。彼らは今日もすべての鳥と出逢うために世界中を飛び回ることだろう。そう、まるで季節を旅する渡り鳥のように……。