ライフ−連載コラム記事
  カナダに住む カナダ横断旅行日記 言葉と Hello Canada

そろそろ日付も変わろうとしている9月15日の夜11時半、私はバンクーバーの長距離バス出発駅(バスディーポ)にいた。深夜のターミナルにはほとんど人はおらず、最近めっきり寒くなった空に白い息が消えてゆく。
待っているバスは40分後に到着するはずだ。
大陸横断バスの旅行を思い立ったのが1ヵ月前。最終目的地はケベック州ケベック・シティにあるオルレアン島だ。そこで2ヵ月間ホームステイをする。飛行機ならおおよそ7時間の距離だが、せっかくだから、この広大なカナダをバスで横断してみたいと思い、グレイハウンド・バスの7日間有効のカナダパスを購入した。日付が変わり、徐々に人々が集まりだし、中年の夫婦、学生風の男の子、バンフへ向かう日本人女性など(実に様々な人々だ!)がバスに乗り込み、私の旅は始まった。

●アルバータ州(バンフ・カルガリーを行く)

白々と夜が明ける頃、バスはすでにバンクーバーの都会から遥か遠く、荒々しい山々が迎えるロッキー山脈へと分け入っていった。朝靄がかかる風景は寒さも手伝ってどこかもの寂しく、山の頂を染める雪は私を物思いに浸らせる。名前も知らない小さな駅で降りてゆく人に別れの挨拶をし、またこれから旅を同じくする人々に出会いの挨拶をする。木々の緑を映す美しい湖や切り立った崖を眺めつつ、夕刻にはバンフへ到着した。バンフはすでに冬を迎えようとしていて、壮大な自然は深々とした寒さの中にその身を沈めているように見えた。多くの人がここで下車したようだったが、私はカルガリーでウィニペグ行きのバスに乗り換え、もう一晩バスの中で夜を越さなければならない。しかし、幸いなことに私は体が小さいので、シートの狭さはほとんど苦にならなかった。カルガリーへは夜の7時頃到着した。

●サスカチュワン州・マニトバ州(ウィニペグ)

サスカチュワン州は荒涼とした大地だ。乾いた砂を巻き上げて大型トラックが走って行く様を眺めていると、「旅をしている」実感が沸いてくる。
ガイドブックには到底載っていない小さな街をぶらりと歩けるのもバスの旅ならではだろう。 翌日の昼を迎える頃には景色はがらりと変わっていた。
見渡す限りの大平原。
どこまで行っても変わらない景色!
北米大陸の壮大さを感じるには、この途方も無い景色を目にするのが一番かもしれない。アルバータ州を抜けた頃から気温は徐々に上がり、まるで夏のような陽気だ。空はどこまでも晴れ渡り、私の疲れも飛んでいってしまった。それに今夜は柔らかいベッドで眠ることが出来るのだ!
ウィニペグには夕方到着した。しかしこの街には一日しか居られない。幸いホテルはバスターミナルのごく近くだったため、チェックインした私はすぐさま街を散策することにした。
ウィニペグはこぢんまりとした街で、清潔な印象を受けた。お寿司屋さんはあったものの、日本人にはただの一人も出逢わなかった。これはカナダに来て初めてのことだった。広い空を優しいピンク色の夕焼けが染めてゆく。今日は熱いシャワーを浴びて疲れを癒そうと思った。

●オンタリオ州・ケベック州(モントリオール・ケベックシティ)

翌々日の19日午前4時。
東へ向かうということは、夜明けへと向かうということだろうか。オンタリオ州の森林地帯をひた走る私たちの向かう先で、太陽がうっすらと姿を現しはじめた。未だ星の残る空を塗り替えるように、緑の木々の隙間を縫って朝が広がってゆく。夜と朝の狭間の風景は夢のように美しい。私の斜前の座席では、枕持参の老婦人が未だ眠っている。このバスの乗客の半数は60歳以上の人々だ。皆疲れも知らず旅を楽しんでいる。私は今日はモントリオールまで行き、そこでB&B(民宿)に2泊する予定だ。
夕方到着したB&Bはとてもお洒落なアパートメントが並ぶ区域にあった。
ここはすでにフランス語圏で、街並もバンクーバーや他の州とは全く異なり、ヨーロッパの情緒を感じさせる。石畳の古い街、荘厳で神聖な大聖堂、立ち並ぶ可愛らしいカフェ。ゆったりとした時間のなかで、旧市街を散策する。
ケベック州まで来ると、食べ物の味もスタイルもバンクーバーとはだいぶ違っている。こちらではやはりフランス式の食事が主立っていた。プーティンという料理を良く目にする。フライドポテトとフロマージュ(チーズ)にたっぷりのグレービーソースをかけたものだ。熱々のプーティンは私の大好物になった。モントリオールでの2日間は柔らかな時間の中であっと云う間に過ぎて行った。

9月22日。
長いようで短かった私のバス旅行も後3時間で終わりを告げる。この7日間で美しい大自然を肌で感じ、また様々な人々に出逢った。同じバスに乗り合わせただけの、あるいは街で出逢ってほんの少し言葉を交わしただけの短い邂逅(かいこう)。それらはすべてかけがえのない美しい思い出となり私の糧となる。もうすぐバスはケベック・シティのバスディーポへと到着する。そしてそこには新たな出逢いが私を待っているのだ。

宮崎加奈子
1979年5月8日生まれ。ワーキングホリデーで半年滞在。