敗北なきレース 龍は洋の東西を問わず、人々のロマンをかきたてる、ひときわユニークな存在である。日本でも伝説や神話に欠かせない存在だが、中国では海の支配者であり、古代から皇帝の象徴として、権力やパワーのシンボルとされてきた。龍は、まさに生命やエネルギーのシンボルなのである。この力強い龍にちなんで名づけられた競技がある。古代の中国で生まれた世界最古の競技ボート、ドラゴンボート(龍舟)である。その競技人口は現在、世界で1000万人以上とされている。 バンクーバーでは毎年、ドラゴンボート・フェスティバルと呼ばれる大きな競技大会が開かれる。北米で最も大きなドラゴンボートの大会であり、カナダだけでなく各国から選手が集い、様々なイベントも同時に開催されるため、盛大な1日となる。船首や船尾に色とりどりの龍の模様が施された美しい大きなボートを、約20人のメンバーが力を合わせていっせいに漕ぐ勇姿は壮観だ。会場となる入り江では、どよめきや歓声が止まない。観戦中に、カナダの各州やアメリカ、中国、シンガポール、オーストラリアなど世界各地から来た人々と出会えるのも、大きな国際大会の醍醐味である。 先日、このドラゴンボート・フェスティバルに、乳がんを克服、あるいは闘病中の女性たちで結成されたチームが参加したことをニュースで聞いた。カナダ全土から集まったこのチームのメンバーは、年齢も生活環境も違うが、まるで昔からお互いを知っているかのようであったという。心を一つにしてボートを漕ぐことで、sense of belonging(帰属意識・一体感) が生まれるのだ。そして不思議なことに、乳がんという病気を抱えながらも、彼女たちの表情は限りなく明るく、輝いている。生命の象徴である龍の装飾を施したドラゴンボートへの参加は、病気に打ち勝とうという意思の表れでもあり、まさに彼女たちの情熱と、人生に対する前向きな姿にふさわしいものといえるかもしれない。 乳がんと闘うあるメンバーの女性の言葉は、最近耳にした言葉のなかで最も心を揺さぶるものだった。その女性は次のように、すがすがしい笑顔で語ったのである。
ニュースのレポーターは、彼女たちのレースをrace with no lose だとコメントしていた。訳せば、「敗北なきレース」といったところだろうか。ドラゴンボートは彼女たちにとって、単なる競技ではない。勝負に勝ち負けはつきものだが、勝負そのものよりも、自分自身への挑戦や、最後の最後まであきらめない姿勢、また同じように病気と闘う仲間との連帯こそが、何よりも価値あることなのだろう。ドラゴンボートのレースだけでなく、どんな人もその人なりの人生のレースを懸命に走っている。その一人ひとりの、かけがえのない経験や出会いのなかでつむぎ出される言葉を、これからもずっと追い続けられたらと思う。 |