ライフ - 連載コラム記事
カナダに住む(Live in Canada)

 

イクコ・メイさん

リッチモンド市の自宅で

ジャズシンガー(愛知県知多市出身)

イクコ・メイさん

 

強運に引き寄せられたドラマチック人生

高校2年の夏休みに、バンクーバー島のビクトリア市に滞在したのがカナダとの出会いだった。そして翌年高校3年の9月には、在学する高校の交歓留学生第1号として、1年間のアメリカ留学へと旅立った。帰国後は語学学校講師アシスタントの職に就いた。そこでイクコさんは恋に落ちた。恋の相手はカナダ人の英語講師。彼のビザが切れ、帰国することになったのを機に、「3ヵ月だけ」のつもりでイクコさんもバンクーバーを訪れた。

 

バンクーバーでUBC(ブリティッシュ・コロンビア大学)のESLに3ヵ月通った。英語が思った以上に上達したことを実感したイクコさんは、さらに滞在を9ヵ月延長して、ダウンタウンにある英語学校を渡り歩いた。環境が変わり、英語講師だった彼との関係は終わったが、すっかりバンクーバーに馴染んだイクコさんはカレッジに進学した。専攻はジェネラルアート。本当はキャピラノカレッジでジャズを学びたかったが、「将来に結びつかない」という両親の反対で諦めた。とはいえ、元々英語教育に熱心な両親で、イクコさんも6歳の時から母の知人が経営する英語教室に通っていた。「英語を聞く耳ができていたのかもしれない」と言うイクコさんの英語は、声だけを聞いたら、とても日本人とは思えない。

 

イクコ・メイさん

ステージでのイクコさん(ROSSINIキツラノ店で)

いつのまにか留学は5年に及び、留学ビザがきれてついに帰国の日が迫った。航空券の予約を済ませた日に、日系のカラオケラウンジの求人広告が目にとまった。イクコさんは以前、そこの店が主催したカラオケ・コンテストで上位になったことがある。

「万が一職があれば、このままカナダにいられるチャンスがあるかもしれない」と思い、イクコさんは一か八か、その店へ出向いた。そして1曲歌った。「今思えばジャズだった」というその曲のおかげで、イクコさんはその店で雇われることになった。正式な労働ビザも下りた。結局、滞在はさらに1年伸びた。

 

歌に救われて滞在を延長できたイクコさんの歌唱力は、人を魅了するものがある。バンクーバーで行われたタレント・コンテストでも、国籍も様々な並み居る歌自慢の中から、抜群の歌唱力が評価されて優勝したほどだ。その際の副賞として、タレント事務所のレッスンを授与された。演技のレッスンを受けたが、そもそも女優になる気もモデルになる気もなかったイクコさんは途中で辞めてしまったが、その時に歌った曲を、知人が「思い出に」とCDにしてくれた。そのCDが後にまた転機を呼ぶことになる。

 

20代半ばになったイクコさんは、一旦帰国、大手の語学学校の講師になった。そんなある日、カナダの知人に誘われ、シアトル経由で再びバンクーバーへと足を踏み入れた。観光で訪れたつもりだったが、「本当に日本の生活で良いの?」と言う友人の後押しで就職活動をすることになった。

またシンガーとして職を探したが、今度はそう簡単にはいかず、歌は気に入ってもらえても、なかなかビザの許可が下りない。「もう帰ろう」と思い始めた時に、知人がジャズ・レストランとして人気のある『ROSSINI』に連れて行ってくれ、オーナーを紹介してくれた。イクコさんは、見本として、例のCDを手渡した。

 

「今夜、オーディションに来るように」と言われ、イクコさんは戸惑った。ジャズなど1曲も知らないのに、面接の際「持ち歌が30曲はある」と大きく出たからだ。イクコさんは楽器店に走り、ジャズの楽譜を手に入れ、その夜のためにとりあえず5曲だけ必死で覚えた。結果は悲惨なもので、「君はまだ勉強が必要」と不採用になり、イクコさんは、帰国の意志を固めた。

 

ところが、オーディションでピアノを弾いたミュージシャンが、店のオーナーに掛け合ってくれた。「彼女の声は良い。僕がレッスンするから」。そして、週に1度、2時間の個人レッスンが始まった。イクコさんの声に惚れたそのミュージシャンは、レッスン料は取らなかった。「10曲マスターしろ。そうしたら、他の歌手が歌う合間に、ゲストとしてステージに出られるようにする」。そして間もなく、イクコさんは『ROSSINI』のステージに立った。それを見ていた客の1人に誘われて、別のイベントでも歌い始めた。

 

イクコ・メイさん

長男サミュエル君(左端)、次男ミキト君、夫スティーブンさんと

実は、オーディション当日に、ピアニスト以外にもう1人、イクコさんを見初めた人がいる。オーナーの息子で現在の夫・スティーブンさんだ。14歳年上のスティーブンさんは、イクコさんにひと目惚れ。ビザが切れて帰国したイクコさんに熱烈にアタック、交際4ヵ月後には婚約した。そして結婚。息子の嫁となり、歌の実力も向上したイクコさんにオーナーの気持ちも変わり、翌年、イクコさんはついに店で本格デビューを飾った。現在は1歳と2歳の男の子に恵まれ、育児の合間にステージに立つイクコさん。今後は世界進出も目論む、スーパーウーマンである。

 

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