ライフ - 連載コラム記事



日本人の国際化

本物の「国際化」への提言




浅井 泰範


 「国際化」という言葉は、日本では、魔法の力を持っているようだ。飛鳥時代の昔から、日本は外国の文化を吸収し、とくに明治以降は近代化を達成し、世界の大国に並んだ。太平洋戦争に敗れたものの、民主主義国として再生し、世界の主要先進国の一角を占めている。この歴史の底に流れるのは、「国際化」だった。日本は、いつの時代にも世界のトップの国を照準にとらえ、追いつこうと頑張ってきたのだ。

グローバル時代を推進したアメリカ
日本にとっての「国際化」の目標は、時代によって、中国、朝鮮、ポルトガル、オランダ、イギリス、フランス、ドイツと変わってきた。そして今は、アメリカだ。国際政治の動きのなかで、20世紀の終わりに、共産主義のソ連が崩壊して、アメリカは「世界で唯一の超大国」になった。コンピュータ―の開発をはじめ、通信、交通手段が飛躍的に進み、ヒト、モノ、カネ、情報が、国境を超えて広がる「グローバル時代」が到来した。アメリカは、その推進役となったのだ。

 アメリカは多人種国家だが、英語が国の言語だ。アメリカの力の伸びに比例して、英語が世界語、いや「地球語」になってきた。ヨーロッパでも、アジアでも、国際会議や国際交渉が行われると、それぞれの国の言語ではなく、英語が共通の作業語として使われることになったのだ。日本人にとっても「国際化」を進めるには、英語を操ることが絶対に必要になった。若いうちから英語を身につけることが大切だと、留学や国際交流の必要性が叫ばれるようになったのも当然のことだ。

国際化に向けた三つの提案
 だが、日本人にとって、本物の「国際化」を達成するには、英語力だけでは足りない。そこで、私は、3つの提言をしたいと思う。

 第一は、英語の習得は「国際化」にとって必要条件ではあるけれども、十分条件では決してない、ということだ。英語ができる人は、どこにでもいる。アメリカ、イギリス、カナダ、オーストラリア、ニュージーランドをはじめ英語圏諸国の人々は、みな英語ができる。だが、この人たちが、みな「国際人」というわけではないだろう。アメリカでは、連邦議会の議員でも、パスポートを持っていない人がいるという。日本が中国と陸続きだと思っている人も多いそうだ。それに、日本でも、米軍基地で働いている人やその周辺で英語の達者な人はたくさんいるし、通訳や翻訳をしている人もいる。しかし、それらの人を、みな「国際人」とは呼ばないだろう。つまり、英語の習得だけでは「国際化」を成し遂げたわけではないのだ。

 第二に、真の「国際化」には、これだけは負けないという専門的な能力が必要だ。「すべての分野についてすべてを知る必要はないが、ある分野についてはすべてを知っている」という人物が「国際人」として認められるための要件なのだ。あらゆる分野で、国際的に評価される日本人が見受けられるが、どの人も鋭い個性を持った人だ。この「プラスα」がなければ、本物の「国際人」にはなれない。

 第三は、「日本」をどう考えるのか、という問題だ。今の日本で「国際的だ」と言われる人をみると、案外、外国人と結婚した人が多いのに気づく。生活が日本語と外国語のバイリンガルまたはそれ以上だから、国際化の近道には違いない。しかし、こうした人のなかで、日本人である姿勢を失わないで、日本の歴史から社会まで勉強している人こそ、本物の「国際人」と言えるだろう。日本人の立場を放棄して、身も心も非日本人的になった人は、国際的な評価も、まったく別物になる。いくら「グローバル化」と言っても、自分の国を知らない人は、本物の「国際人」にはなれない。

まず自分の国を知りあらゆる国を比較する
 19世紀後半に、名著『アメリカの民主主義』を書いた、フランスの政治思想家、アレクシス・トックビルは「ひとつの国についてしか知っていない人は、実はその国についても知っていない」と言っている。だから「日本」を知るのは国際人として最小限の知識だ。英語を勉強するときには、アメリカだけでなく、カナダやオーストラリアにも関心を寄せ、英語圏のあらゆる国を比較するのだ。さらには、英語の国だけでなく、「21世紀の注目株」といわれる、中国やインドにも目を向けることが大事だ。今、中国では、ものすごい勢いで、英語学習熱が高まり、アメリカの大学でも中国人留学生が高成績をあげている。日本も、うかうかしてはいられない。日本人の「国際化」は、大きな試練に直面しているのだ。

浅井 泰範(あさい やすのり)
1935年名古屋市生まれ。朝日新聞社アジア、中東、ヨーロッパ特派員を務め、ヨーロッパ総局長、外報部長、国際本部長、国際担当取締役を歴任。その後、武蔵野大学現代社会学部教授、学習院大学、名古屋市立大学非常勤講師。著者に『七色のロンドン』『世界・日本・世界』などがある。

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