連載コラム記事
  カナダに住む ワーキング・ホリデー追跡日記

ことばと

マイカナダ

薬剤師の資格をとってコミュニティーにも貢献
椿井真貴
さん
バンクーバー在住。千葉県出身

現在の職場で

大学在学中に薬剤師の資格を取り、東京の製薬会社で研究開発員として勤務していた椿井真貴さん。90年代半ばに、会社で取り扱う海外の薬品の量が増加し、それに伴い英語を使った会議も増えた。そこで英語力をつけてキャリアを積みたいと考えた真貴さんは留学を思い立った。カナダを旅行した両親の印象が良かったこと、治安がよく物価が安いこと、留学斡旋業者の勧めがあったことなどからカナダを留学地に選択。会社を退職して、バンクーバーの語学学校に入学したのは1997年の10月だった。

異国での初日は、道が分からないのに恐くて人にも聞けずじまいで、学校に遅刻。学校では自分の英語力の低さが恥ずかしく、職歴、学歴を友人に話すこともためらわれた。その生活も4ヵ月が過ぎ、語学学校を経てビジネス・カレッジに入学した。しかし、学校のカウンセラーから、薬剤師助手のコースは英語のレベルが高すぎると助言され、ホスピタリティーのクラスを受講。その傍ら、クラスの友人の紹介で、高齢者向けデイケア施設で介助のボランティアを始めた。このデイケア施設で真貴さんは南アフリカ出身のディッキーさんと出会った。高齢者を乗せて運転するディッキーさんに同乗して老人の昇降を介助する真貴さん。二人は一緒にお茶を飲みに行ったりするうちに、離れがたい存在となっていった。

ディッキーさんとのウェディング

1年の留学期間が終わる直前にディッキーさんからプロポーズを受けた真貴さんは、自分の気持ちを確かめるために日本に帰国して、6ヵ月の冷却期間を置いた。日本とカナダで手紙をやり取りしながら気持ちを確認し合い、結婚を決意して1999年に再び渡加。カナダの友人を招いて結婚式を行ったが、真貴さんの両親は、娘のこれまでのキャリアが無になってしまうことや異国での生活を危惧して、二人の結婚を認めなかった。

結婚後、日系の旅行会社に短期間勤めた後、日本での経験を生かせる薬剤師助手の仕事を探すことにした。履歴書を持って30件を越す薬局に配り歩いたなかで、面接の申し出があったのはわずかに数件。求職活動2ヵ月後でやっと薬剤師助手として働き始め、その直後に他の薬品店から誘いを受けて転職した。同僚から薬品名の発音を教えてもらうなど、和気藹々(わきあいあい)と仕事ができたが、訪れる顧客のなかには真貴さんの実力を評価してくれない人もあり、真貴さんはしばしば胸の痛む思いをした。「資格をもっていなければ、だれも話を聞いてくれない」と思った真貴さんは、一念発起してカナダの薬剤師試験に挑戦しようと決意した。そこにはご主人と安定した生活を送りたいという願いと、両親に自分たちのことを認めてもらいたいという強い思いもあった。

カナダで薬剤師として働くには、国家試験と州試験に合格することが要求される。国家試験では、薬理学から解剖学にいたる知識が問われ、業務に直結した知識に加えて、顧客へのカウンセリング力も評価される。州試験では州独自の薬事法に関する知識が試される。これらの試験を通過し、さらに実習を経て初めて薬剤師の認定を得ることができる。

デイケア施設の人たちが結婚を祝ってくれた

真貴さんは、帰宅後はもちろんのこと、通勤時のバスの中や昼食時間にも時間を惜しんで試験勉強に励んだ。日ごろの薬剤師助手業務のおかげで、実務で重要な点が分かるのは幸いだった。努力の甲斐あって、わずか1年弱の期間で、真貴さんは薬剤師資格認定の全試験に合格した。「精神的にも金銭的にも主人の支えがあったから」と真貴さんは今もご主人への感謝の気持ちでいっぱいだ。試験に合格したこの年は、両親から二人の結婚を認めてもらうこともでき、晴れ晴れとした年になった。

2002年には薬剤師としてダウンタウンの忙しい店舗で仕事を始めた。カナダでは、病院に行く前に薬局で自分の病状を伝え、大衆薬を薬剤師に選んでもらう人が多いため、薬剤師は第二のドクターのような存在で、医師から薬の相談を受けることもある。日本と違い、薬剤師の責任は会計業務にも及ぶ。頻繁に変わる法律情報などを捉えながら、適確な仕事を行う義務がある。大きな責任を伴うが、それだけ顧客や医師に信頼され、ステイタスや報酬も高くやりがいも大きい。

日本語が話せる薬剤師として、真貴さんは日本からの留学生や地元の日系人コミュニティにとっても貴重な存在となった。地域の日本人で作る移住者の会に呼ばれて、上手な薬の服用方法についての講演会を頼まれることもある。
そうした多忙な日々ではあるが、休みにはご主人と海岸にピクニックに出かけたり、海を眺めながら食事をしたりする。昨年購入したマンションに住み始めてからは、自分たちで部屋の壁を塗り替え、新たに壁を設置して書斎を作るなど大工仕事にも精を出した。

カナダで仕事していて気に入っていることは「長い休みが取りやすいこと」。旅行が好きな二人は、普段は質素に暮らしながら、年に1度は長期休暇を取ってお互いの両親に会いに行く。その途中で暖かい海のきれいな国に立ち寄るのが一番のリフレッシュになっている。

今までを振り返ってみると、家族や友人の支え、巡り会った人たちの助けのおかげで、大変恵まれた幸せな人生を歩んでこられたと真貴さんは感じている。夫婦で互いに労わり合い、お互いの家族を大切する真貴さんとディッキーさんは、仕事やボランティアを通じて地域にも温かいまなざしを送り続けている。