ライフ−連載コラム記事
  カナダに住む ことばと ワーホリ追跡日記 Hello, Canada


初めてのホームステイ体験

私が4週間ステイしたホスト・ファミリーは全員で9人という大所帯の家庭だった。ステイメイトは私も含め5人(全員がアジア系)だ。
バンクーバーに到着し、時差ボケのまま車に乗り、着いたのはバンクーバーの隣町、バーナビー市の閑静な住宅街。その一角にパーシアニー家はあった。白い家の前には古ぼけた大きな船がある。家の周りには紫陽花(あじさい)が蒼(あお)く咲き誇っていた。

ご主人のライノさんは67歳。かっぷくの良い体型に、蓄えた白いひげ、穏やかな瞳をしていた。その容姿はまるでカーネル・サンダース―ケンタッキー・フライドチキンのあのおじさんだ。私は一目で彼を好きになった。そして奥様のニンファさん。彼女はとても忙しい人で、看護婦アシスタントとしての仕事をもっていた。さっぱりとした性格の彼女はとても好感がもてた。最後にプリッツさん。彼女はニンファの親戚である。つねに微笑みを絶やさない、とても優しい女性だ。私は一番よく彼女と話をした。

最初の一週間

最初の一週間というものは何となく他のステイメイトと馴染めぬままに過ごした。私だけが新参者だと意識して気後れしたり、言葉が通じても考え方にギャップを感じて、意志の疎通の難しさを感じてしまっていたのである。気持ちがリラックスしていないところに時差ぼけも手伝って、いくら目の前においしそうな食事が並ぼうと、わたしは食欲がわかぬままだった。

それは簡単な事

パーシアニー家には素敵な庭があった。敷地のほとんどが果物の木々と野菜畑で埋められていた。大きな桜に紅い実が宝石のように光って撓(たわ)わに実っていた。日本で言うアメリカン・チェリーだ(話によるとライノさんが30年前まで住んでいたイタリアから持って来たもので、正確にはイタリアン・チェリーだ)。
ライノさんはガーデニングが趣味だった。私は毎日、庭に出て、そこで英語の勉強をしたり、本を読んだりした。そして、ある日、ふとこの桜の木に登ってみたくなったのだ。木に登ってチェリーを採っても良いかと聞くと、ライノさんは笑いながら良いと言ってくれた。私は子供の頃にそうしたように裸足で木によじ登った。プリッツさんが下でボウルを持って私がチェリーを摘むのを待っている。私達は笑いながらチェリー摘みに精を出した。
次の日、庭に出ると、桜の木には可愛い木製のはしごが立て掛けてあった。ライノさんが私のためにはしごを用意してくれたのだ。
その時、私は唐突に理解した。
あぁ、なんだ、そういうことか―ただ、笑って何かを一緒に楽しめばそれで良かったのだ。コミュニケーションなんてそんな簡単な事だったのだ。私は大いに笑った。そしてステイメイトと拙(つたな)い英語で会話して、楽しんだ。

好きになったもの

4週間なんてあっという間だ。あんなに長いと感じた一日が、一週間が、こんなにも懐かしく思えるなんて。
ニンファさんの手料理はとてもおいしかった。アジア系の学生ばかりなので、夕食にはいつも御飯があって、キムチが出る。そしてライノさんの育てた野菜―なんておいしいのだろう。大勢で共にする食事は楽しかった。 プリッツさんはいつも鼻歌混じりで家事をする。私と彼女は洗濯物を、晴れた庭のりんごの木に干した。
ライノさんの庭ではりんご、洋梨、ぶどう、プラム、そして桃が実っている。りんごは9月になれば色付くらしい。ホームステイ最後の日、私はまた桜の木に登った。「いつでも遊びにおいで」と、ライノさん、ニンファさん、そしてプリッツさんも言ってくれた。「りんごも食べにおいで」と。
ニンファさんの手料理。プリッツさんの鼻歌。そしてライノさんの野菜畑。私はそのどれもが好きだった。皆が好きだった。そして、またいつかライノさんの桜の木によじ登りに来よう―私は、そう決心した。

余談:盗難証明書の作り方

私はカナダに来て2週間目で盗難に遭った。デジタル・カメラをすられたのだ。買ったばかりだったのに―と悔やんでも始まらないので、取りあえず警察に届けた。日本で海外傷害保険に入ったので、保険会社宛に証明書が必要だった。バンクーバー警察は危険区域にあった。中華街から少し離れた、余り治安の良くない区域だ。もし、バンクーバー警察に行く用事があるなら、真昼間に行くことをお勧めする。そして、歩いて行くよりはバスで行った方が良い。

警察に着いたら先ずは窓口で盗難に遭ったことを訴える。そうすると、パスポートの提示を求められ、状況を書類に記入してくれる。日時や場所、盗難物の詳細等をあらかじめメモしておくと良いと思う。記入が終わると盗難登録の番号がもらえる。後日電話するよう言われ、取りあえず届け出は終了だ。

さて、私は言われた通り後日電話をかけた。盗難登録番号と、保険会社用の盗難証明書が欲しい旨を伝えると、何とお金がかかるらしい。しかも50ドルもだ。そして、再び警察へと出向いた。
何にせよ、これも一つの体験なのだった。

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